Mari Takenouchi, a journalist and the blogger of Save Kids Japan & World Known as a Japanese single-mother journalist covered by Reporters Without Borders in 2014 on the criminal accusation case for a tweet. My twitter account is @mariscontact (under control and rarely gets retweeted) To order a new book by Mari Takenouchi and Dr. Bandazhevsky, send me an e-mail at takenouchimari@gmail.com Twitter: @mariscontact 私の主なブログは以下です!!ご覧ください!!! See my blogs below!! ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

2018年5月3日木曜日

スターングラス博士の秀逸な2011年の動画と2006年のインタビュー! Please watch 2011 videos of Dr. Ernest Sternglass, the great US physicist!

 






私が最も尊敬している科学者の一人、米国の物理学者アーネスト・スターングラス博士について、3・11の10日ほど前に書いていた原稿がありました。博士から送られてきた写真と共に、こちらに掲載します。広島・長崎の被害についての真実と異なる論文を読んだ後に、メインストリームから方向転換したくだりも書きました。3・11直後には、私に、無事を気遣うメールも送信して下さかった方でもあります。博士は残念なことに、2015年2月12日、91歳でご逝去されました。博士の残された世紀の著作ともいえるSecret Fallout は、博士が英語で全文をネット上で公開していらっしゃいます!ぜひお読みください! https://ratical.org/radiation/SecretFallout/
(日本語タイトルは『赤ん坊を襲う放射能』)

(ちなみに私が最も尊敬しているもう一人の科学者は、ベラルーシ出身、現在ウクライナで研究活動を続けているバンダジェフスキー博士です。http://takenouchimari.blogspot.jp/2013/07/721.html)バンダジェフスキー博士の最新論文はこちらから。英語にするタブはついているのと、最近はGoogle翻訳もよくなっているので、日本語に直して読んでみてもよいかもしれません。https://chernobyl-health.org/(English, Russian, French)
https://bandazhevskypaper.blogspot.com/(一部日本語翻訳あり)



スターングラス博士の活動の軌跡



1.アインシュタインとの出会い

スターングラスの最新の著作は1997年に発刊された本で『Before the Big Ban-The Origin of the Universe(ビッグバンの以前にー宇宙の創生)』というものだ。意外なことに、放射線研究とは異なる分野のものである。スターングラス博士はわずか12歳の時には既に、「陽子の周りを回る電子の軌道のサイズはどうやって決まるのか」という疑問を持っていたそうだ。そして大学院生時代に電子に関しての独自の理論を手紙に書いてアインシュタインに送ったところ、驚くことにその一週間以内にプリンストンの自宅に招待されたという。この時アインシュタインはスターングラス青年のもつ理論に感心して耳を傾けながら来客をキャンセルしつつ5時間も話し込んだという。(詳しくはレスリー・フリーマンの『核の目撃者たち』を参照。ちなみにこの時のスターングラスの電子に関する理論は現在では正しかったことが判明している。)

その時アインシュタインが若き日のスターングラス少年に言ったことが、「君の豊かな想像力をつぶさないように、学問の探求を続けなさい。ただ天才は毎日天才でいられるとは限らない。生活のためには地に足が着いた仕事を持っていなさい。そうすればプライベートの学問の探求には間違いをしても大丈夫なように。」だったそうだ。スターングラス博士にとってアインシュタインのこの言葉は非常に役に立ったという。彼の子供時代からの夢であった学問が、宇宙の始まりについて探求することであり、それは半世紀の時を隔てて、独自の理論を冒頭の本に著した。そしてスターングラス博士にとって地に足のついた着実な仕事が放射線の研究であったわけだ。


2.2歳半の長男を失って

スターングラスは1923年ベルリン生まれ。両親とも医師で、スターングラスが14のときにナチスの迫害を逃れて米国に渡った。16歳のときコーネル大学に入学し、電子工学を学ぶ。その後海軍に志願し、攻撃艦隊に乗って日本に出向しようとした時、広島に原爆が落とされる。

1947年、スターングラスにとって人生の転機が訪れる。ひとつは冒頭にある、アインシュタインとの出会いだが、スターングラス青年は、アインシュタインがルーズベルト大統領に原爆製造を勧める手紙を書いたことに大変な罪悪感を感じ、この上もなく不幸であることを知る。この時、スターングラス青年は、自分の仕事は、核兵器の危険性を大衆に警告することが自分の人生の一部になるであろう事を感じたのである。同年に起こったもうひとつの非常に大事な出来事が、生まれたばかりの長男が、遺伝性障害があったことだった。結局その子は二歳半で亡くなってしまい、この時スターングラスは皮膚科の医師であった父がX線を過剰に受けていたのが原因かもしれないと疑う。(1920-30年代は、ニキビや白癬病にX線を施すのが一般的であったという)

1952年、スターングラスは、米の原子力二大企業のひとつであったウェスティングハウス社に入社、低線量で使えるX線装置、宇宙撮影のための受像管など原子力計測機器の開発に携わり、月衛星計画の責任者にまでなった。

この間、スターングラスにとって放射線の危険性に気付かせるいくつかの出来事があった。ひとつは、1957年にオックスフォード大学予防医学科主任のアリス・スチュワート博士によって発表された妊婦へのX線透視により小児白血病やガンが増えているという研究であった。1961年、核戦争の恐怖が高まっていた時期に、スターングラスは死の灰が健康に及ぼす危険について研究を行い、核実験により乳児死亡率と小児ガンの発生率に重大な増加があることを発見し、妨害されながらも1963年、サイエンス誌に発表。おりしも同年、ケネディー大統領による部分的核実験禁止条約の批准に向けた議会公聴会が行われ、スターングラスは低レベル放射線の胎児への影響について発表をしたのであった。


3.広島の論文がキャリア変更の動機に

1966年の終わり頃、ウェスティングハウス社に在籍したまま、スタンフォード大学で理論物理学の仕事をしていた時、スターングラスの手元に広島・長崎についての研究論文が届き、そこには、「放射能を余計に浴びた親から生まれた子供に、白血病やその他の被曝による影響がより多く見られることはない」とあった。しかし、論文では、爆心地から2000メートル以内にいた両親と、2500から3000メートル以遠にいた両親の子供を比較しており、郊外に落ちた死の灰の影響が考慮されていなかった。

この時、スターングラスは、大衆が死の灰による放射線の影響について知らされずにいる状況を放っておくわけにはいかないと強く感じ、放射線が胎児に与える研究に没頭しようと決意する。おりしもその年、スターングラスはペンシルバニア州ピッツバーグ大学放射線科主任から移籍を依頼されていたのであった。


4.原爆をダイナマイト代わりに!?

ウェスティンハウス社でのキャリアを全て捨てた翌年の1967年、早くもスターングラスの活躍の場がやってきた。当時、米国は原爆を平和なものに見せるために「プラウシェア計画」というものを推し進めており、現在では考えられないことであるが、原爆を全米各地でダイナマイト代わりに使おうとしていた。そのひとつとして、広島型原爆をペンシルベニアの真ん中の地下900メートルで爆発させ、天然ガスの貯蔵空間を作ろうとする計画があった。スターングラスは知り合いの新聞編集者に頼まれて、米国東部一帯における白血病とガンの急増を計算して論説を書き、さらに200-300人の聴衆のいる会合で発言したことがきっかけとなり、市民らの大規模な反対運動が起こり、知事の署名まで済んでいた計画は中止となる。


5.原子力委員会内部造反のきっかけとなる

1969年、妨害にあいながらもスターングラスは、核実験による死の灰のために全米で約40万人の乳児が死んでいるという研究論文を発表し、大きな反響を呼ぶ。ちょうどその頃、弾道弾迎撃ミサイル計画を議会に通過させようとしていた原子力委員会は、スターングラスの論文を委員会管轄下の研究所全てに送って反論を準備しようとしていた。そこでこの役目を引き受けたのが、原子力委員会のローレンスリバモア研究所の副所長兼生物医学部長のジョン・ゴフマン博士と部下であるアーサー・タンプリン博士であった。

しかし、この体制側の中枢にいた二人の科学者は、犠牲者の数は40万より少ない4000人であるとしながらも、原子力委員会の意向に反し、核実験によって数千人の乳児が死んだと発表したのだった。(ゴフマンによると、スターングラスのこの時の数値のほうが、数年後になって正しかったことが判明したという。当時原子力委員会は、数千人という乳児犠牲者数を、あまり大衆が読まない専門誌にのみ発表するようにと説得したが、両博士はそれに従わず、公けにした。その後、ゴフマンとタンプリンは、許容量以下でもガンの発生は被曝線量に比例して起きるものであり、公衆に対する被曝量は、十分の一、もしくは、ゼロに引き下げるべきであると、原子力委員会に対して公然と批判するようになる)


6.原子炉からの放射能でも乳児死亡

ウェスティングハウス社でガス冷却原子炉の仕事にも携わっていたスターングラスが、本格的に原子炉に対する信頼を失ったのは、1970年のことだった。原子炉からの公になっている放出放射能の数値をたまたま知り、その量の多さに仰天したのであった。この時、スターングラスが注目したドレスデン原発は、米国で火力発電と競争できるくらい安価で、構造がより単純な沸騰水型原子炉であったが、原子炉に近くなればなるほど赤ん坊が多く死亡しているのを発見したのである。特に原発の排気塔から出る放射性ガスによる発達中の胎児の肺の発育不全は深刻な問題であった。(この研究は、日本のI.M.モリヤマによっても行われている。)また、原発からの排水が流れる川の下流でも、乳児死亡率が増えていた。原発よりも放出物が桁違いに多い再処理工場にいたっては、160kmも離れた下流でも、増加が見られていた。

スターングラスのこの発見は、デグルート、レイブ、ラインハルト、ケイ博士など複数の科学者により確証されたが、彼らの研究は、政府高官による圧力で出版を目前に原版が破棄されてしまったという。問題は沸騰水型原子炉に限られていなかった。1973年、かつてスターングラスが勤めていたウェスティングハウス社の初の商業用加圧水型原子炉であるシッピングポート原子炉でも周辺における乳児死亡率が上昇していた。公聴会で説明をしていたスターングラスは、低線量の死の灰で、なぜ乳児死亡が増加しているのかとの質問に、「ペトカウ効果」を理由として言及している。さらにスターングラスは、当局がもともと死亡率の低い地域での統計を巧みに利用し、原発周辺で死亡率が高くなっていないように見せかけていたこと、この原発で事故隠しが行われて放射能が放出されていたことを知ることになる。また原発労働者に放射線によって引き起こされやすいガンが多発していることも知り、公聴会で証言を行う。この原発は1974年に水素爆発事故を起こし、運転停止となるが、その2年後には、乳児死亡率は最低値に減少したのであった。


7.米国における学力低下

この頃、米国では、反原子力市民団体が結成されるようになる。さらにスターングラスは、放射能の被害は乳児死亡率に限らず、一般の人口にも見られることを発見した。1975年、米国では18歳の青年が受ける学力試験の結果に、大変な落ち込みが見られた。スターングラスは、この青年たちが生まれた1957年に、ネバダで最大の核実験が行われ、乳児死亡率と先天的欠陥の増加がもたらされていたことを知っていたので、放射能の影響があったせいではないかと疑い、教育心理学者スティーブン・ベルと協同で研究を行った。その結果、核実験の風下地域で生まれた子供たちに顕著な学力低下が見られたことがわかったのであった。このように、死の灰が死亡率を増大させるのみならず、一見健康な子供たちにも影響を及ぼしていることに気付いたスターングラスは、ますます社会全体への放射能による影響を案ずるようになるのである。


8.スリーマイル島原発事故と隠蔽劇

1979年もスターングラスにとって忘れられない年である。ペンシルベニア州のスリーマイル島原発事故が発生、その翌日にスターングラスは現地での記者会見に呼ばれるが、おりしもその朝、母親から体調不良という電話が来るのである。迷った末、スターングラスは母を兄に任せて記者会見に出席、(電力会社が危険はないと否定する中)妊婦と幼児の即刻退避を勧告した。そして同日、スターングラスは、母が急死してしまった事を知らされるのである。スターングラスの母親は、産科・小児科の医師であり、スターングラスの発見に常日頃心を痛めていたという。スターングラスは母のことを想い、「このようなときでも、自分がおそろしく困っている人々の役に立つことを望んでいたに違いない」と自分に言い聞かせたのであった。スターングラスの主張した退避勧告は翌日になって(遅すぎたのではあるが)知事によりなされ、スターングラスは自分の努力がまったく無にはならなかったことを喜ぶのである。

事故後、スターングラスは独自の調査により、200-300人の乳児過剰死があったと結論づけている。ただし、公式発表では、スリーマイル事故による健康被害は心理的なものだけで観測できる増加はないことになっており、この当局の発表の後、スターングラスは、ABC放送の「グッドモーニングアメリカ」で独自の見解を述べる予定になっていた。しかし、番組出演は直前になりキャンセルとなってしまう。スターングラスの見解は、事故当時ペンシルベニア州保健局長だったゴードン・マクロード博士にも支持されていたが、事故の影響を率直に発表しようとしたマクロード博士は解雇されてしまっていた。

当局によるごまかしや隠蔽の証拠はいくつかあった。当時の知事と政府高官との会話は、後に報道機関に漏れており、原子力規制委員会が公表された数値より実際の線量が高かったことを示していたし、さらに幼児死亡数の統計の改ざんもが二人のテレビ記者によって発見されている。また、州の最終報告書を見ても、原発周辺で事故後に乳児死亡率が急増していることは、その結論とは裏腹に、データから見て取れるものであった。

その後、スターングラスはスリーマイル島事故のエピソードを『Secret Fall Out(邦題:赤ん坊をおそう放射能)』に詳しく記した。『赤ん坊をおそう放射能』を出版した氏は、テレビやラジオを始めとするマスコミや、講演会、各国の委員会などで話をするようになったという。


9.「放射線と公衆衛生プロジェクト」の誕生




スターングラスにとって第2の転機ともいえることが、そのような講演会でのJayM・グールドとの出会いであり、その後のスターングラスの活動を大きく広げることになる。環境保護局の科学諮問委員会の委員をしていた著名な統計専門家であり、ビジネスマンとしても成功を収めていたグールドであったが、70歳近くになって、環境と健康問題に自分の専門家としての知識と資材を投じようと決心していたのである。化学汚染物質と米国住民のがん罹患率の研究を行ったグールドは、化学汚染物質だけでは説明のできない別の要素が絡んでいることを見出す。この時スターングラスがグールドに、放射能とがん罹患率の相関関係を調べるように薦めたのである。そして始めは懐疑的であったグールドも、調査を進めるにつれ、核施設の風下でがんの発生がみごとに増加していることを見出したのであった。

この発見は『低線量内部被曝の脅威ー原子炉周辺の健康破壊とえきがく的立証の記録』として発表したまた、スターングラス博士はグールド氏と共に非営利団体、「放射能と公衆衛生プロジェクト」(RPHP)を設立し、科学顧問として活動を続けた。 
 
(グールド氏は2005年、スターングラス博士は2015年に残念ながらお亡くなりになりました。以下のスターングラス博士の写真は、竹野内に直接メールで生前、送られてきたものです。博士の本を翻訳していて、いろいろやりとりをさせていただきました。。。以下はスターングラス博士からのメールです。3.11の後も、いろいろ気遣っていただきました。。非常にお優しい人格者です。)
 
Dear Ms. Takenouchi,

Two days ago, I received your invitation to join your professional network on ResearchGATE, and I was glad to do so. It also made me glad to believe that the recent earthquake and tsunami did not affect you. But this morning when I wanted to discuss with you how my introduction to THE PETKAU EFFECT should be modified in the light of the recent disaster, I realized that this invitation was not e-mailed directly by you, but by the ResearchGATE team in Berlin, so suddenly I am worried about your well-being! Now I am very anxious to learn whether you are well, so please send me an e-mail or give me a call on my telephone, 607-375-6620.

With best wishes,

Ernest Sternglass

Ernest Sternglass erneststernglass@twcny.rr.com

2011年3月20日(日) 23:46


To 自分
 
    


  http://www.e22.com/atom/page08.htmより

「僕と核」
    (2006)

 

8. スターングラス博士インタビュー


こで、スターングラス博士にお話をお聞きしたいと思います。彼は、原子力の本場アメリカで、60年代から、核実験や原子力発電による低レベル放射能の影響を訴えて続けて来た、数少ない科学者の一人です。2006年の二月には念願だった来日を果たし、青森県の六ヶ所村も訪ねています。

こんにちは、今日はよろしくお願いします。

S博士「まずはじめに、日本には55基もの原子炉が運転しているのを知ってるよね。」

、、、はい。

S博士「それに、ほとんどが海岸沿いの国土の2割程度の面積に人口が集中していて、原発も割と近くに配置されている。だから、日本政府が2003年度に発行した、過去100年の日本人の死因の推移を見たとき、あまり驚かなかった。」

と言いますと。

S博士「日本では、戦後の50年で、がんの死亡がずっと増え続けている。1900年台の前半は、がんはそこまで存在しなかった。日本に原爆が落とされて、アメリカ製の原子力発電所が導入されてから、一気に増え始めたのだ。今でも日本にある原発の八割がアメリカ製だ。」

はい。

S博士「そして、本場のアメリカで分かって来たことが、原子力発電所というのは、公に発表されているよりも、ずっと大量の放射性物質を放出しているということだ。大半は、細かい分子になった、核の分裂によって産まれる物質で、大気や海に放出されている。核分裂生成物というやつだ。」

はい。これが、自然放射線と混同されると、訳分からなくなりますね。

S博士「その通りだ、そもそも自然放射線というのは、海抜0メートル付近では、0.8 から1mSV(ミリシーベルト)が普通であって、それ以上はラドンなどごく特定の地域しか関係のないものや、0.15mSVほどのカリウムなどを大げさに数えている場合が多い。しかも、ほとんどの自然放射線が外部被ばくを起こすガンマ線で、体の中の特定な器官に蓄積して内部被ばくを起こすものじゃない。ストロンチウム90やヨウ素131などの放射性物質は、体の中に入り込むのと、それと同じ量を地面にばらまいたのでは、威力が全然違うのだ。」

分かります。

S博士「ヨウ素131は、ほとんどが一週間の半減期だが、これは首にある甲状腺に集中する。甲状腺というのは、体全体の新陳代謝をコントロールしていて、多くの器官が甲状腺のホルモンによって動いている。だから甲状腺が壊れると、大人だと、甲状腺に異常が生じたり、がんになることがある。また、ストロンチウム90は骨に集中する。これはカルシウムと似ているためで、カルシウムは、骨をつくったり、神経の伝達にも欠かせない。要するに、脳みその働き、考える力に貢献している。よって、ストロンチウム90が引き起こす問題というのは、あまり知られていないのが、カルシウムと同じように骨だけじゃなく、脳にも入り込んで、神経にダメージを与えるため、特に脳の発達に支障をきたすようになる。」

赤ちゃんですね。

S博士「赤ちゃんもそうだし、お母さんのお腹の中いる胎児のときからだ。それに、脳みそは10代まで発達し続ける。だからそこに問題が生じると、普通の読み書き、理解する力、計算する力、全体的に影響を受けてしまう訳だ。健康な脳みそをつくる過程でだよ。」

母親は知っておくべき情報ですね。

S博士「これは、本当に伝えなければいけないことだ。繰り返すが、ストロンチウム90やヨウ素131は自然には存在しないもので、ウランやプルトニウムが核分裂を起こしたときのみ、産まれるのだ。原子炉の中で起きていることは、原爆の核分裂が起こす環境破壊と同じなのだ。つまり、核実験などが広めた汚染を、原子力発電所がそのまま引き継いだに過ぎないのだ。」

なるほど。

S博士「これは数年前にJournal of American Medical Associationで発表されたばかりなんだが、妊婦が歯科医でX線を数回受けただけでも、散ったX線が、ヨウ素131のように甲状腺に影響を与えて、それが早産につながる確率が数割高くなることが分かった。こうした未熟児は、現在の医学ではほとんどを救うことができるのだが、X線のせいですでに脳の発達に影響が出てしまっている。それが思考力や、集中力の欠如に表れる。脳の発達に支障をもった未熟児は、自閉症になる可能性も出てくるのだ。」

このように器官に集中する放射性物質は、どのようにダメージを与えているんですか?

S博士「ヨウ素131の場合、ガンマ線というのは、X線と一緒で、とても強いエネルギーを持った光を出す。そして、ベータ線は電子なんだが、数ミリしか飛ばなくても、臓器に埋め込まれると周りの細胞を破壊する訳だ。変異を起こしたり、遺伝子を傷つけてしまう。そして、フリーラジカルが産まれる。フリーラジカルとは、マイナスの力を帯びた酸素分子で、寿命も一瞬なんだが、これがプラスを帯びた細胞の粘膜に引き寄せられて、穴を空けてしまうので、大変なことだ。これらのことは、60年代の後半から70年代にかけて分かったことで、原子力発電を始めたずっと後の話だよ。」

はい。

S博士「初めての原発が1942年のシカゴだったから、そのおよそ30年後に分かったことだよ。もう一つ興味深い発見だったのは、X線などの強くて短い刺激がつくる多くのフリーラジカルは、実はお互いとぶつかり合って、そこまでダメージを引き起こせないんだ。これを、私は『混んだナイトクラブ効果』と呼んでいる。分かるだろう、狭い空間に人が入りすぎて、身動きが取れないのだ。これで分かったことが、X線などが与える、自然放射線の一年分に値する1mSVほどの一度の衝撃は、思ったほど効果がなく、同じ量を一週間、一ヶ月の間に分けて微量を受けた方が、細胞あたりのフリーラジカルが少ないために、ずっと大きなダメージを与えるのだ。」

そうなんですか。

S博士「このことは、衝撃だった。つまり、X線や原子爆弾のように、集中された強い放射線よりも、永続的な低レベルの放射線の方が、ダメージは100倍から1000倍も大きいことが分かったのだよ。」

なるほど。

S博士「我々はヒロシマやナガサキで集めたデータを信じきってしまったのだ。原爆は、主にガンマ線と中性子線を一瞬で放出したから、本当に強くて大量のエネルギーを放出した。ましてや、その頃はフォールアウト(『死の灰』と訳される)のことも良く分かっていなかった。要するに、長期的な低レベル放射能の影響を、今日でも、完全に間違って計算しているのだ。2003年にイギリスのクリス・バズビー (Chris Busby) 氏らが、ヨーロッパのECRR機構(European Commission on Radiation Risk) に頼まれて、原子力発電所のリスクについて過去50年の様々な論文やケースを完全に洗い直したところ、同じ結論にたどり着いたのだ。我々は、低レベルの内部被ばくによる影響を、少なくとも100倍から1000倍、過小評価して見積もっているのだ。」

はい。

S博士「もう一つ言いたいのが、ストロンチウム90は骨に入って、強い電子を放出する。骨髄では赤血球と白血球もつくられているから、ここで異常が起きると、白血病を起こす。また、白血球というのは、体のありとあらゆる病源と戦っているから、白血球がちゃんとつくられないと、これは大都市で警察のストを起こすと犯罪率が一気に高くなるようなものだ。分かるね。ストロンチウム90が白血球を壊せば、体中にがんが起きても止めることができない。ストロンチウム89の半減期は50日で、ストロンチウム90の半減期は28年だから、体に蓄積されていくものだ。」

そうですか。

S博士「さきほどの低レベルの放射能の話に戻るが、人々が間違いを犯した原因のひとつに、放射線によるがんの治療による。これは動物実験で、一週間おきに集中した放射線をあてれば、健全な細胞は元に戻るということから、放射量を細かく分ければ、体には影響が少ないと信じられていたのだ。ところが、内部被ばくの場合は、少ない量でも常に体の中にある訳だから、慢性被ばくと言っても良い。これが何十年間と蓄積されると、ストロンチウム90のように白血球が壊されていけば、肺炎やさまざまな感染が起き易く、免疫力が激しく低下することに繋がるのだよ。」

では、質問を変えます。
原子力発電所は、すべての排出物をモニタして、環境もモニタして、すべては安全だと言います。何がいけないのでしょうか?

S博士「何回も言うが、0.1~0.2mSVほどのX線の影響と、核分裂生成物を比べて、影響を少なく見積もりすぎているから、誤った安全の基準を適用しているところが間違っている。2005年に発行されたUS Academyの論文には、『どんな微量の放射能でも、必ず何らかのダメージを与えている。無害ということなどない』と書かれているくらいだ。一時期、『微量なら健康に良い』と信じられていたのもまったくの間違いで、『一定値以下なら安全』と信じられていたことも、間違いだった。これはようやく最近、世界中で発表されている論文で認められてきたことだ。更に、1000倍もダメージを少なく見積もってものだから、0.1mSVだったものが、実質的には100mSVと同じダメージを加えているのだ。」

これらの核分裂生成物は、化学的にフィルタすることってできるんですか?

S博士「完全には無理だ。中空糸フィルタやイオン交換樹脂など、どんなにテクノロジーが進化しようと、完璧なフィルタなど存在しない。例えば、アルゴン、クリプトン、キセノン、ラドンなどの希ガスは、化学的にフィルタすることはできない。トリチウムなども水分と同じような性質なので、なかなかフィルタできない。モニタリングは、結局、役割を果たしていないのだ。自然界はストロンチウム90やヨウ素131をつくらないから、自然放射能と比べるのはおかしい。更に、X線などは刺激が短か過ぎる。だから、安全だと思っていた放出量が、実はそうではなかったということだ。」

それでも、核実験からの残量放射能が減って来ていて、今では食物に含まれている値も示していますが。

S博士「良いかい。基本的に原子力発電所が自ら検出して発表しているデータはそこまで信用しない方が良い。電力の生産があがるほど、放射性物質の排出はぜったいに免れられないのだ。それに、原子力発電所がどのくらい排出しているかを心配したり論議するよりも、人間にどのくらい入って来ているのかを検出する方がずっと早いのだ。私たちの90年代の研究で分かったことは、アメリカで原子力発電所の近くに住んでいる子供たちの乳歯から検出されたストロンチウム90は、かつての核実験の時代と同じくらい高くなってきているということだ。これは原子力発電所が放射性物質を出し続けている確固たる証拠だ。このプロジェクトもアメリカの政府がデータを公表しなくなったために、独自で始めたのだ。ストロンチウム90の値は、すでに胎内で蓄積されていることが分かることと、ストロンチウム以外の放射性物質も入って来ていることを裏付けるから大事な訳だ。これらはすべて、いわゆる通常の運転で起きていることだよ。」

それは日本にも言えることですか。

S博士「繰り返すが、日本の八割はアメリカ製の原子力発電所であるからして、まず間違いないだろう。原子力発電所の放射性ガスや放射性物質の粒子は、日本の美しい山脈に降り注ぎ、それがきれいな湧き水に混入して、田んぼや畑、飲み水に入って行ってしまうのだよ。風がどっちに吹いていようが関係なく、これがいちばん起こりうる被ばくの方法で、私はこれが日本でがんが急増している要因のひとつだと考えている。ちなみに、ロレン・モレーが日本で集めた乳歯のサンプルからもストロンチウム90が充分なレベル検出されている。これはどこで産まれたか、どこで育ったかによって大きく異なるし、もっと大規模な研究が必要だが、アメリカと同じような状況であると予想される。小児がんを主に、健康な発育が妨げられる確率が数割は高くなるということだ。もちろん、放射性物質による害は成人にもあてはまることだ。」

そうなんですか。

S博士「ついでに、もう一つ重大な話をしよう。ストロンチウム90から出来るのが、イットリウム90だ。これは骨じゃなくて、すい臓に集中する。すい臓というのは、糖尿をおさえるホルモン、インスリンを分泌しているから、ここに異常が出ると糖尿病になる。世界中で、糖尿病が急増しているのは知ってるね。日本は、すでに人口の割合から言えば、アメリカの二倍もいる。そのアメリカだって、イギリスより率が高いのだ。日本では、戦後から現在にかけて、すい臓がんが12倍にもふくれあがっている。50年代の終わりにドイツの動物実験で発見されたのが、ストロンチウム90が電子を放出してイットリウム90になると、骨から肺、心臓、生殖器などに移動するのだが、すい臓に最も高い集中見られたのだ。インスリンがうまく生産されないようになって、血糖値が上がってしまうのだ。今までは放射能が糖尿病と繋がっているなんてまったく認知されていないのだ。これで分かっただろう、国際放射線防護委員会(ICRP)は、当初、放射能の影響として、特定のがんと奇形児くらいしか認めなかったのだ。未熟児、乳児の死亡や、肺、心臓、すい臓、これらの部位への影響はすべて無視されてきたのだ。」

はい。

S博士「民間エネルギーの最初の原子力発電所は、ピッツバーグに57年に、私が15年間勤めたWestinghouse社によって建てられた。私たちは、汚い石炭の発電所よりも、安くて、きれいなエネルギーだと思っていた。微量の放射性物質が逃げても、大したことないと思っていたのだが、それは大間違いだった。これと同じ原子炉が、今でも日本でたくさん稼働している。70年代にカナダのエイブラム・ペトカウ (Abram Petkau) 博士が発見した、低レベル放射能によるフリーラジカルの影響を、未だに反映できていないのだ。フリーラジカルの性質を分かっていなかったのと、放射線量と人体への影響が比例的な関係だと勘違いしていたのだ。低レベルで起きる様々なことは、ヒロシマとナガサキの生存者を調べただけでは、まったく予期できなかったのは当然のことだ。」

はい。

S博士「だから、原爆の生存者や、X線のデータによって計算された国際的な許容量はまったく間違っている。これは、原子力発電所が大規模に建てられるようになって、何十年も後に分かったことだが、誰もその過ちを認めることが出来ずに、今日まで来てしまった。その理由の一つとして、すでにウラン鉱山に巨額の投資がされてしまっていたことがあるだろう。だから、ウランの利益を受けている人たちは、過ちを認めないどころか、それを絶対に隠したいのだ。ウランは核分裂以外には役割がないから、それがただの粉末のゴミになることを本気で危惧しているのだ。世界中の政府や企業、イギリスの皇室などが所有しているウランは、原子力発電所が他の燃料で動くようになったら困るのだ。」

日本企業もかなり先行投資していますよね。他の燃料と言いますと?

S博士「天然ガスだ。天然ガス発電に切り替えれば、なんと、設備投資の7~8割は無駄にならない。天然ガスはあと数十年は持つと言われているから、その間に自然エネルギーを開発すれば良いのだ。コロラド州のフォート・セイント・ブレイン (Fort St. Vrain) は、すでにこの成功例だ。原子炉だけを閉じて、天然ガス用のボイラーを横につくって、タービンの建物など、ほかのものはそっくりそのまま使えたのだ。そう、原子力はお湯を沸かしているだけだからね。原子炉の中の水も放射能を持っているために、配管が錆びて出てくる鉄、マンガン、コバルトなどにも中性子がぶつかって、普通の元素まで放射性になって大気に飛び出てしまうのだよ。これが体内にも必要な物質の場合、放射性の鉄分だって血液に入ってしまう訳だ。」

原子炉を解体しただけで、その付近は大丈夫なんですか?

S博士「そうだ。その証拠にコロラド州は、あらゆるがん、小児がんの率が全米でいちばん低いのだ。解体すれば、新しい核分裂や放射性ガスを止めれば、燃料自体は、まだ残っているが隔離することはできる。それが素晴らしい点だ。もちろん、完全に廃棄するにはたいへんなコストがかかるよ。これはもっと大変な問題だ。だから、原子力産業は、古くなった発電所を解体する巨額のコストを考えていなくて、将来のコストを少なく見積もりすぎているのが、大問題だ。でも、運転を止めることさえすれば、せめて新しい放射性ガスが発生することは抑えられるのだからね。」

環境的には、それがいちばん良い訳ですね。

S博士「とりあえずは、だ。その代わり、何万年、何億年と放射能を持つ核廃棄物をどうするのかを、まだ誰も解決できていない。何故かというと、長い時間が経つと、地下に埋めようが、山に埋めようが、放射線が缶から漏れ始めることが分かっているからだ。缶が空気中のバクテリアに侵されて行くからだ。そうすれば、今度は地下水が汚染される。」

はい。

S博士「環境的な問題はそれにとどまらない。日本のロッカショで起きようとしていることは、全国の55基分の廃棄物を集めるから、どうがんばっても大量の放射性物質を大気と海に捨てることになるだろう。そうすれば魚も死ぬし、近辺の入江に生息する貝や生物が放射性物質を吸い込んで、人間と同じように免疫力が低下して行って、死んでしまうのだ。60年代に核実験が盛んに行われていた時期も、北大西洋では、魚が激減して、核実験が終わったあと、一気に元に戻った。決して乱獲のせいなどではなかったのだ。このことは、今でも世界中の原子力発電所の近くで起きている。クジラやイルカも、川に流した放射性物質によって、みんな影響されているのだ。」

何度も言いますが、それでも原子力発電所は、海への放出をフィルタして、ちゃんとモニタしていると言いますが。

S博士「だから、そんなフィルタがあれば、固形の廃棄物の心配だけで済むから嬉しいよ。でも現実的には、一部の放射性物質しか取り除けないことは、実績で分かっているのだ。しかも、事故や人為的ミスの可能性も計算にいれてなくても、この状況だ。過去には放出しなくて済んだ放射性物質も、大量にあった訳だ。スリーマイル、チェルノブイリ、これらは、世界中に多大なるインパクトを与えたのだ。我々はチェルノブイリが起きた翌年のアメリカでも、統計データとEPAによるストロンチウム、ヨウ素、セシウムの測定量から、数万人規模で過剰な死者が出たと考えている。」

そうなんですか。

S博士「特に日本の場合は、地震国だということを忘れては行けない。日本の面積にあれだけの原子炉が集中していることと、ロッカショの再処理工場の最大の問題点は、さきほど言ったように全国の燃料棒を集めてプールにいれていることだ。これらは、本当に強い、本当に高レベルの廃棄物で、なんかの拍子に、このプールの冷却水にもしものことがあったら、大惨事では済まないことになるだろう。」

、、、質問を変えます。
なぜ、人間はそのような強い放射性物質を扱うことになったのでしょうか?

S博士「まず、自然の中で人間が経験してきた放射性物質は、カリウム40だけだ。これは体内に入っても、骨など、どこにも集中しないし、放射線量はストロンチウム90より多くても、体に蓄積もされないから、割とかんたんに体から抜けて行くのだ。地球ができたときに、ウランやたくさんの放射性物質ができたが、どれもストロンチウム90のようにカルシウムに化けて、核分裂生成物が体内に蓄積されるようなことはなかった。一部のアフリカの地下の鉱山の例外をのぞいて、核分裂の連鎖反応は自然ではぜったい起きないのだ。」
(註:20億年前に西アフリカにあるガボンのウラン鉱山で自然核分裂があったとされる)

はい。

S博士「例えば、普通の水の中にある水素は、宇宙線の影響でトリチウムになることがある。トリチウムも、特定の部位で濃縮されない。人間は、自然放射線の中で進化してきたが、これらも体に蓄積はされなかったし、フリーラジカルを長い期間にわたって体内に取り込むこともなかったのだ。海の中に微量に存在するウランも同じことだ。1938年に人間が核分裂を発見してから、すべてが変わってしまったのだ。」

分かりました。
では、日本は島国ですから、海の汚染についてもう少し詳しく教えてください。

S博士「海を守ることは、とても大事なトピックだ。我々が予測できなかったエピソードをもう一つ、教えてあげよう。昔、科学肥料が海に流れ込んで、藻が異常発生すると、魚貝類の酸素を奪ってしまうと疑われていた。その結果、酸欠になった魚や貝が死んでしまう訳だ。ミシシッピ川が流れ込むメキシコ湾で藻が大量発生したときは、窒素、つまり酸化窒素を含む化学肥料が原因だと思われていた。でも最近、新たに分かったことは、キセノンやクリプトンなどの放射性ガスのエネルギーが、大気の酸素と窒素を反応させて、酸化窒素をつくることが分かったのだ。雨が海に運んでくる土砂が化学肥料と同じ役割を果たして、間接的に魚の酸素を奪ってしまうのだよ。この容量で、原子力発電所は、酸化窒素だけでなく、酸素原子が三つくっついたオゾンもつくっている。つまり、原子力発電所が藻の激増に繋がっていることも、誰も予想できなかったことの一例だ。」

そうですね。

S博士「だから、発電所が出す液体廃棄物は、始めは誰もが海は広いし、とても深いので、人間社会にはまったく影響がないと計算していた。しかし、先ほどから言っているように、微量だから大丈夫ということは決して有り得ない。また、Busby氏らの発見が論文で細かく発表されたように、海に放出した放射性物質は、必ず波に乗って浜に返ってくる。イギリス、ウェールズ、スコットランドの原子力発電所付近の砂浜でも、このことが確認されたのだ。日本でもきっと同じことが起きているだろう。海水で薄まると期待していた放射性物質が、波に運ばれて返って来て、それが雨にも混ざって、また土の中にも入ってくるのだ。」

それでも、魚からは放射性物質が検出されてないと言われますが。

S博士「だから、まずそれは安全値がニ、三桁ずれたままだからだよ。もちろん遠洋の魚の方が、放射線を受ける量が少ないし、日本は遠洋漁業が多いから、まだ安全な方かもしれない。それでも、50年前の安全基準が残っていることが問題だ。たいていのガイガー・カウンターは分かり易いガンマ線を計っているだけで、アルファ線やベータ線のことは計れないので、これにはもっと複雑な機械が必要なのだ。」

そうなんですか。

S博士「ガイガー・カウンターは、砂浜にたまったガンマ線を読むことはできるが、魚のアルファ線やベータ線などの正確に計るには、魚の肉や骨をとって、化学的に調べる必要がある。これには大変な技術と計算力が必要になるのだよ。化学的に分離させた液体を、放射線検出用のシンチレーション計数管に通すのだから。つまり、骨にたまるストロンチウム90のように、いちばん強力で、いちばん厄介な放射性物質ほど、かんたんな計器では探知できないのだ。」

はあ。

S博士「分かったかい?原子力発電所ができてから30年後に、ペトカウ氏が発表して初めて分かったことがあったように、知らなかったことが多過ぎたのだ。ひとつの細胞が放射線を受けると、周りの細胞が影響を受ける『隣人効果 (Neighboring Effect) 』のことも知らなかったし、いろいろなことだよ。我々は、世界を壊してしまうような原子爆弾をつくってしまった償いとして、原子力発電を急ぎすぎたのだ。」

どういうことですか?

S博士「核分裂が発見されたとき、多くの物理学者は大学の研究室を出て、マンハッタン・プロジェクトに参加した。当時はヒットラーが世界的な脅威だったからだ。ドイツに原爆を渡してはいけない、と。同じことがイギリス、フランス、ロシアでも起きた。そのうちに、スターリンが出て来て、今度は冷戦が始まって、多くの物理学者は核戦争を避けるためにと、核爆弾の開発に一生を捧げたのだよ。と同時に、そんな軍事目的に利用されただけで死ぬのは良心が耐えられなかったのだろう、アイゼンハワー大統領が提唱した『平和な核利用』のアイディアに皆が飛びついたんだ。アイゼンハワーは、『クリーンな原子力』をつくる原子力発電所を世界中に売り込もうと躍起になって、物理学者はそれを喜んでその手助けをした。ヒロシマとナガサキで起きたことや、人類を滅亡させる核兵器をつくってしまったことへの罪悪感のためにね。」

とても興味深いです。
でも彼らは、放射能の影響を予知できなかったのですか?

S博士「そのときは、本当に経験とデータが少なかった。いろいろな不幸が重なって、今の状況をつくってしまったのだよ。多くの人は、核爆弾がないと不安でしょうがなかった。私の孫みたいに、お気に入りの布団がないと眠れないのと一緒でね。共産主義が世界を食い尽くしてまうのを止めるには、核爆弾が必要だと本気で思ってたのだ。これが核の軍拡の原因であり、それに乗っかって、アイゼンハワーがきれいなエネルギー政策と称して原子力を勧めたものだから、誰もが信じきってしまった。日本の場合は、国民がたいへん丁寧できれい好きだから、モクモクと汚い煙が出る発電所と違って原子力は魅力的だったに違いない。」

では、これだけの知識が今あって、それを知っている専門家も世界中にいると思うんですけど、根本的なところで変えて行けると思いますか?

S博士「これが実は難しいのだ。何故かと言うと、大学の研究室などのリサーチのほとんどは、政府の補助金で成り立っているからだ。その政府が、原子力発電はクリーンだと信じ切っていたものだから、今になって過ちを認めたくないのだ。例えば最近でも、コネチカット州の原子力発電所で問題があったのが分かっているにも関わらず、微量だから問題ない、と繰り返すだけだ。EPA(米環境庁)も、原子力産業を守ろうと、必死になっているのだ。石炭による発電が産むスモッグや水銀と違って、クリーンなエネルギーだと言う、昔の謳い文句そのままだ。でも水銀では、爆弾はつくれない。分かるかい。」

それは、今だと強く言われてますよね。二酸化炭素を排出しないから良いんだと。

S博士「それはいつの時代も言われてることだが、でも、本当は、ウラン鉱山の採掘、ウランの運搬、ウランの濃縮、多くのエネルギーを使って、石炭を使ってウランも濃縮すれば、世界のCO2排出量は、原子力発電所を増やすことで解決できないことは、誰の目にも明らかだ。その上に、今知られているウランの埋蔵量もたった数十年でなくなってしまうことを、誰も気にとめていないようだ。現在では、石炭が排出するガスを地中に送り返して岩に変えることによって、CO2の排出を防ぐ方法も出て来ているのだ。」

石炭が見直されてるのは聞いたことあります。

S博士「その他にも海洋エネルギーや、地熱エネルギー、風力、太陽、沢山方法はあるし、水素だけでもさまざまな活用法がある。これを原子力産業がひた隠しにしているのだ。ウランに莫大な投資している人たちが、新しい発電方法の浸透を防いでいるばかりか、健康への害も隠している。私が何十年も経験して来たことだが、体質的にモラルを忘れた産業だと言わざるを得ない。」

一般の人へのメッセージとして、自分の健康を守るには何をおすすめしますか?

S博士「アメリカでは記録を公表することも止めてしまったので忘れられてしまっているのだが、原子力発電所付近の農場がつくった牛乳は、まず飲まない方が良いだろう。また飲み水は、逆浸透装置を使えば、ほとんどの重い放射性物質はフィルタすることができる。本当は行政がやれば良いことなのだが、コストが高過ぎるのだ。」

それでは、今日はここまでにします。ありがとうございました!

S博士「ありがとう。ほかに質問があれば、何でもきいてくれ。」

   
 アーネスト・J・スターングラス博士 (Dr. Ernest J. Sternglass)
1923年、ベルリン生まれ。
14才の時に家族とアメリカへ移住。若き頃に、既に世界的権威だったアインシュタインと議論を交わし、科学の志を新たにする。1960年から1967年は、ウェスティングハウス社の研究室でアポロ月面科学ステーションプログラムの局長を務める傍ら、アメリカの大気圏核実験に反対するようになる。彼が国会で発表した研究の成果は、ケネディ大統領が'63年にまとめた部分的核実験条約(PTBT)の締結に大きく貢献した。(ケネディはその僅か三ヶ月後に暗殺されてしまう)70年代に入って、今度はそれまで安全だと信じていた原子力発電所の危険も公に問うようになる。'81年に出版した「Secret Fallout: Low-level Radiation from Hiroshima to Three Mile Island」 (邦題:赤ん坊を襲う放射能)は、低レベル放射線研究の代表的な本となった。1983年よりピッツバーグ医大、放射線医学名誉教授を務める。過去にスタンフォード大学、インディアナ大学、フランスのアンリ・ポアンカレ大学、ジョージ・ワシントン大学、コーネル大学で放射線医学と物理学の教壇に立つ。1995年より、Radiation and Public Health Project (放射能と公共健康プロジェクト)局長。
(photo by Leuren Moret, Februray 2006, Japan)


2017年3月30日木曜日

185人の福島子供甲状腺がん!4歳の子未報告185 Fukushima thyroid kids! 4 yr-old unreported!

 

珍しくNHKが7時のニュースでもやっていた!福島の子どもの甲状腺がん、少なくとも185人に。事故時5歳が最年少、事故時4歳の甲状腺がんが報告されていないのがわかった。http://www3.nhk.or.jp/lnews/fukushima/6055124091.html
185 Fukushima thyroid cancer kids!

The youngest patient of 4 year old at the time of the accident was found to have been unrepoted!

2016年2月24日水曜日

2011年11月外国人記者クラブで竹野内が企画・通訳した記者会見

2011年11月、東京の外国人記者クラブで私は水爆実験の犠牲者、大石又七氏を含む、ヒバクシャ4人を招待し、記者会見を開きました。
In November 2011, I held a press conference at Foreign Correspondents' Club in Japan inviting 4 hibakushas including Mr. Matashichi Oishi, a H-bomb victim in 1954.


国内外の記者が5,60人集まりましたが、残念なことにまったくこの重大ニュースはカバーされませんでした。
The press conference gathered 50 or 60 domestic and international reporters, but this important conference was not covered almost at all...


国内外のマスコミには失望しています。NHKが今回の北朝鮮の水爆実験のニュースで、大石又七氏のコメントを非常に短く紹介していますが、あれではまったく歴史上の真実を知ることはできません。


I have been totally dissapointed at media both in Japan and overseas since then...


NHK has been including amazingly short comments from Mr. Oishi on the North Korea's H-bomb test news, but such a short comment would not tell any historic truth of this bomb.


以下に大石氏の発言を掲載させていただきますので、ぜひお読みください。また以下に掲載するyoutubeのビデオでは、大石氏の発言は、20分50秒のところからです。(竹野内の英語通訳付き)


Please read Mr. Oishi's truthful opinion regarding H-bomb. 
Also, please watch the video of Mr. Oishi in the following youtube video at 20:50.  (both in Japanese and English)



 


(発表者順)竹野内真理(翻訳者、7分30秒より)、肥田舜太郎(広島被爆医師、13分45秒)、大石又七(水爆実験被爆者、20分50秒より)、梅田隆介(元原発労働者、30分より)、佐藤幸子(福島の母親、37分30秒より)



5 speakers timeline in the order of the presentation
Mari Takenouchi, journalist/translator 7'30''
Shuntaro Hida, Hiroshima medical doctor, 13'45"
Matashichi Oishi, H-bomb victim, 20'50"
Ryosuke Umeda, former nuclear worker, 30'00"
Sachiko Sato, mother from Fukushima, 37'30"




*******


ビキニ水爆実験被爆者 元第五福竜丸乗組員 大石又七

Matashichi Oishi, former crew of the Lucky 5th Dragon, Hibakusya from Bikini nuclear test

 

福島原発大事故は今から五七年前に起きたビキニ事件の原点にさかのぼって考えなければ正しい答えは出てこないと思っています。誰がなぜ、危険な原発を地震大国である日本に導入したか、そこが一番重要なところだと思います。

 

I believe we cannot have a correct understanding of Fukushima nuclear accident unless we look back the Bikini Incident 57 years ago.  The most important point is, who and why a dangerous nuclear power plant was introduced to Japan, a most earthquake prone country.

 

1954年、私は元第五福竜丸という漁船の乗組員で、アメリカが広島に投下した原爆の約一〇〇〇倍という巨大な水爆実験に遭遇した被爆者です。その爆発で起きた『死の灰』を日本に持ち帰ったことから太平洋や大気圏が強力な放射能で汚染されていることが分かり大事件に発展していった、これがビキニ事件です。

 

When I was a crew member of Lucky 5th Dragon fishermen’s boat in 1954, I encountered a US Pacific thermonuclear test, approximately 1000 times as powerful as the Hiroshima A-bomb.  I became a Hibakusya.  By the fallout brought back to Japan, people came to realize that the Pacific Ocean and the atmosphere was strongly contaminated with radiation, which became a big news, later called as Bikini Incident.

 

後に残された資料からいろいろなことが分かってきました。一九四六年から一九五八年にかけてアメリカ軍だけでも、このビキニとエニウエトク環礁を使って六七回の大気圏核実験を行ない、合わせて一〇〇メガトンの核爆発を繰り返しました。この一〇〇メガトンの爆発は、なんと広島型原爆を毎日一個ずつ一八年間落とし続けた量というから驚きです。

 

  Various facts came to be revealed through archive materials.  From 1946 to 1958, the US military alone conducted 67 atmospheric nuclear testing at Bikini and Eniwetok Atolls, which was 100 megaton nuclear explosion in total.  Also, this 100 megaton explosion is equivalent to Hiroshima A-bomb dropped each single day for the duration of 18 years.  Isn’t this amazing?

 

水爆は巨大な爆発威力だけではありません。爆発と同時に恐ろしい放射能を撒き散らします。それらの放射能は半減期が何十年、何万年というもので人間の体内に入り込み、染色体を傷つけながら体の内側から攻撃するという内部被曝を起こしていました。染色体を傷つければ死産や奇形児の原因を作りだし、子孫へと繋がっていきます。

 

Thermonuclear bomb did not only give out enormous explosive power, but also scattered  deadly radioactive materials in the environment. The half lives of radioactive materials can range as long as dozens of years to even tens of thousands of years.  These materials can be absorbed into various parts of human bodies, harming the chromosomes and body tissues internally-this is called internal exposure.  This kind of damage can cause still birth, congenital defects, which could be transferred from generation to generation.

 

半減期の長い放射能が食物連鎖や風などに乗って地球上を漂い、誰のどこに取り付くかは現在の科学や医学では計り知ることは出来ません。これが見えない放射能の恐ろしいところです。貴方もすでに被爆者になっているかもしれません。

 

Even the modern science and medicine cannot detect where such long-lived radioactive material can travel in the winds and food chain, or who and which part of the body such materials can finally come down to.  This is the horror of radiation.  Maybe some of you might have become hibakusya already.

 

私は言いたいです、当時、核、放射能の恐ろしさをあれほど教え警告したのに日米政府は事件を握りつぶし隠しました。その結果どうなりましたか。核兵器も広島型原爆よりずっと威力を持つようになり、二万三〇〇〇発の核弾頭が実弾となって出来上がり、人類を脅かしています。

 

I want to say this.  In spite of citizens’ voices of concern against nukes and radiation in those days, the governments of the US and Japan smothered the incident and hid the facts.  What happened then?  Nuclear weapons become much more powerful than Hiroshima A-bomb and more than 20000 nuclear warheads are now threatening the entire humanity.

 

この重要な意味を持つビキニ事件を賠償もせず、わずかな見舞金、責任も核実験も容認してその見返りに水面下で原発を要求したのです。この人たちにこそ重大な責任があるのではないでしょうか。

 

The US government did not take any responsibility or compensate for the victims of this very important Bikini incident and instead, paid small amount of consolation money only.  Meanwhile, the Japanese government acknowledged the continuation of the nuclear testing and in return, demanded for nuclear power behind the scenes.  Don’t you think these people who made efforts to introduce nuclear power to Japan highly responsible?  I believe they are the responsible.

 

ビキニ事件は過去の終わった事件ではありません。あのときから始まった事件です。それなのに誰の口からもビキニ事件という言葉が出てきません。

 

Bikini Incident is not a past.  Contrary to it, that incident was the very start of the entire story. However, nobody talks about Bikini Incident any more.

 

当時アメリカは自由諸国にウランを提供し、軍事ブロックを築こうとしてCIAの職員を読売という大きなメディアを目標に打診してきました。これを知った読売新聞社主の正力松太郎氏は、日本中が核実験反対で燃え盛っている矛先を変え、原子力の平和利用といって自分の持つメディアをフルに使って、原発導入の宣伝を大々的に行ないます。

 

In those days, the US tried to build a military block by providing uranium to western world and approached Japan through CIA targeting at a major media company Yomiuri Shimbun.  The then Yomiuri president, Mr. Matsutaro Shoriki conducted an all-out promotion of peaceful use of nuclear power using his own media company to shift the raging anti-nuke sentiment.

 

 政界では中曽根康弘代議士が青年将校などと言われながら危険を伴う原発をアメリカの意向に沿って先頭に立ち、ビキニ事件の三日後に二億三千五〇〇万円の原子力予算を国会で通過させます。  原発を日本に導入した経緯を知れば今起こっている大事故の責任、賠償の方向性も見えてくるはずです。ご静聴ありがとうございました。

 

In the political arena, so-called young-military-officer politician Yasuhiro Nakasone, who became a Prime Minister of Japan later days, took a lead to pass the nuclear power budget of 235 million yen at the Diet, only three days after the Bilini Incident, in line with the US government intention.  If we realize the background of this history, we could see where the responsibility of the current nuclear catastrophe lies and how the compensation should be made in the future.  Thank you very much.






この会見は外国特派員協会元副会長、理事の渡辺晴子氏にもおほめ頂きました。
http://www.rosetta.jp/fccj/111212.html

第66回 “ノーモア被曝者 ノ―モア原発”

広島・長崎原爆による死傷者20万人、ビキニ環礁水爆実験による船員の被曝、今や40万人に上る原発関連労働者、更にジワジワ増える福島原発の被曝者数。福島原発事故から8カ月。原爆、原発反対活動NGOが11月15日プレスクラブで合同記者会見を行った。

記者会見発表者の5人
(写真左の質問者はスウェーデン写真家ペール・ボドナー氏)
合同記者会見の調整役を訊ねる筆者

(ボタンをクリックすると写真が切り替わります)
会見時間の割り振りや論点の整理に時間のかかる市民団体と個人が5人もまとまって記者会見をするのは珍しいが、調整役兼通訳の竹野内真理氏の人柄と実力でか会見自身は時間内で収まった。が、やはりこれだけ重いテーマを1時間で収めるのは無理。会見後にはロビーで三々五々のミーティングが行われていた。
photo
元広島陸軍病院医師 肥田舜太郎氏
記者会見の発表者は肥田舜太郎(医師、広島被曝者)、大石又七(第五福竜丸元船員、ビキニ環礁水爆実験被曝者)、梅田隆亮(元原発労働者)、竹野内真理(低線量被曝者の会共同代表)、佐藤幸子(子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク世話人)。(敬称略)
肥田医師は1945年8月には広島陸軍病院勤務、原爆当時はたまたま往診のため市外に出ていたため直爆死を逃れたが、その後65年間、内部被曝者を診察した。
  なかでも米国が広島と長崎に設立したABCC(Atomic Bomb Casualty Commission 原爆傷害調査委員会)が「内部被曝は放射線が微量で人体には全く無害」と宣伝したため、だるさを訴える患者は「ブラブラ病」神経症状や仮病といわれた。長年被害者として苦しんでいる患者を診るのは辛かったという。
肥田氏のもとには現在もなお福島や東北から鼻血、下痢、発熱、甲状腺の腫れ、紫斑の出ている被曝者と思われる大人やこども数百人から相談が寄せられている。94歳にして現役で働く肥田医師は、人類にとって唯一の生き延びる道は原爆、原発を全廃することだけだと淡々と述べた。
photo
線量計を見せる佐藤幸子氏
大石又七氏はアメリカが広島に投下した原爆の1000倍もの巨大な水爆実験をビキニ環礁で行った時の被曝者で、船員たちは米軍の証人抹殺爆撃を恐れて日本に帰港するまで被曝のSOSすら発信できなかったという。核実験反対の日本世論の方向を変えた読売新聞社主正力松太郎氏と、原子力予算を国会で通過させたと中曽根康弘氏を強く批判した。
梅田氏は原発作業員の健康相談窓口開設、安全教育の実施、労災補償問題を訴え、翻訳家の竹野内真理氏はロシアの研究を紹介し、日本のマスメディアが報道しない低線量被曝問題を指摘、佐藤幸子氏は有機農業を営む母親として子どもの命を守るために行動を、とアピールした。
ヨーロッパは日本の原発問題に対して関心が高く、スエ―デン写真家のペール・ボドナー氏は「米国科学アカデミーの測定によれば半径20Kmではなく70Km以内で通常の8倍の線量を観測した、とBBCが報道したが、現地ではどう受け止められているか」と質問。子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク世話人の佐藤幸子氏は実際に子どもたちが身につけている近畿大学から提供された線量計を見せた。ただし3カ月ごとに集計された結果は個人情報保護のためでもあり、学年単位の発表になっているという。福島県民200万人を原発のためのモルモットにしないで、と厳しくアピールした。
今回の記者会見では外国プレス以外の日本の報道機関やNGOの参加が多かった。会見後のロビーでは日本プレスが発表者や外国プレスに長時間取材を行っていた。

2011.12.12 掲載

しかし、5,60人もの国内外の記者がいたのに、全くカバーされず。


原発導入と被曝と健康被害の問題はいまだにタブーなのか?
The above press conference was praised by a former vice chairperson of FCCJ, but not covered by any media though there were as many as 5~60 journalists there...

Are health issue due to radiation exposure and introduction of nuclear power by CIA still a taboo?





(I wanted to hold a press conference for ETHOS criminal assucation case in May 2014, but it was not accepted this time due to the concurring Ohi Nuclear power plant judgement, which was considered to be more of a priority...

今回エートス刑事告訴を受けてからずっと打診していたのですが、大飯原発差し止め裁判の方が優先されるとして、見送られることになりました。とても残念です。経緯について以下のページの前半部分に少し書きました。http://koukaishitsumon.blogspot.jp/2014/03/to-jpn-bar-association.html








2011年11月15日、外国人記者クラブ
ノーモアヒバクシャ!ノーモアゲンパツ記者会見

広島から福島まで、ヒバクシャを一堂に介した歴史的な会見です。

Nov 15, 2001 Foreign Correspondents' Club in Japan
No More Hibakusya! No More Nuke Power!

A Truly Historical Press Conference made by Hibakushas (radiation exposed people) from Hiroshima to Fukushima

スピーカー
肥田舜太郎、医師、広島被爆者
大石又七、核実験被曝者、元第五福竜丸船員
梅田隆亮、元原発労働者
佐藤幸子、子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク世話人
竹野内真理、フリーランスジャーナリスト、翻訳家
(スピーチと質疑応答は、日本語と英語通訳付き)
Speakers
Shuntaro Hida, Physician & Hiroshima A bomb Hibakusha
Matashichi Oishi, Hibakusha, Former Lucky Dragon Crew
Sachiko Sato, Representative, Fukushima Network for Saving Children
from Radiation
Mari Takenouchi, feelance journalist, translator
Ryusuke Umeda, Former Power Plant Worker


5人のスピーチの日本語と英語の全てのスクリプトはこのページにあります。必読!


5 speakers presentation texts are provided both in Japanese and English on this page.
MUST READ!






1.竹野内真理、ジャーナリスト、翻訳者  Email:  mariscontact@gmail.com

Mari Takenouchi,  Journalist, Translator  Email: mariscontact@gmail.com

99年に電源喪失事故のシナリオを米国人科学者から聞いてから、以来反原発の活動をしてきました。特に地震と原発の問題では、2002年にIAEAにも直訴に行きましたが、その時知り合いの上司であったIAEA職員が、「この問題はあまりに問題が大きすぎて、誰も手がつけられない。仮に日本で500万人が死んでもあきらめるしかない。原発を止める唯一つの道は国民全員が声を上げることだ」と言われました。その後もいろいろ活動しましたが、事故が実際に起きてしまい、無念で悲しくてなりません。

I became anti-nuclear when I heard a simulation of a station black out accident scenario from a US scientist in 1999.  To highlight the issue of nuclear power and earthquakes, I went to IAEA in 2002 to directly plea for halting nuclear power in Japan.  I remember a superior of my acquaintance in IAEA telling me, Ms. Takenouchi, this issue is too big for anyone to tackle.  5 million Japanese peoples deaths may not be able to be avoided.  The only way to avert such a situation is that every Japanese raise his/her voice to stop nuclear power. Since then, I have been trying to disseminate information about this issue, but in the end the accident still took place.  I feel so regretful and sad.今日は私は以下の三つのことを言いたいです。

I would like to tell you three things today.

1.
     福島やその他の汚染地帯から人々を、特に子供たちを直ちに避難させてほしいです。二日前に福島をたずねましたが、そこで行われていた体制側の学者によるシンポジウムで、福島はもうほとんど安全であるという発言を聞いて驚きました。同時に彼らは子供たちの線量を測り、健康調査をしているのです。なぜ避難をさせてから健康調査を出来ないのでしょうか?福島の子供たちをモルモットにしようとしているのでしょうか?米国と日本の政府が、悲しいことに、広島や長崎の被爆者にたいしてやってきたことを思えば、その可能性は大いにあります。福島の子供たちをどうか研究材料にしないでください。私も1歳児の母親として切に訴えます。

People, especially children in Fukushima and other contaminated areas should be evacuated immediately.
 I visited Fukushima 2 days ago and I was speechless when I attended a symposium held by government-sided scholars.  They keep saying that Fukushima is almost safe.  Meanwhile, they are getting the data of childrens radiation dose and are conducting health check-ups.  Why cant they let these children evacuate first and conduct medical check-ups afterwards?  Are they trying to use Fukushima children as their guinea pigs?  Regretfully, this is probable considering what the US and Japanese scholars did to Hiroshima and Nagasaki hibakusyas.  Please do not use Fukushima children for studies.  As a mother of a one year old, I would like to make a strong appeal about this to the world.

2.
     
日本の基準値500ベクレルは高すぎます。この部屋のどこかにゴメリ医科大学の創設者で元学長であったユーリ・バンダジェフスキーの論文をご覧になった方はいらっしゃいますでしょうか?彼の研究によれば、セシウムが体内に20Bq/kgの濃度で取り込まれますと、心臓に異変が起きやすくなるというのです。そしてICRPpublication 1112009)にあるグラフによると、1日たった10ベクレル、大人はだいたい12kgの食物を摂取しますから、基準値のたった100分の1のレベルであっても、70kgの大人であっても心臓に異変が2年以内に起こる可能性を示唆しているのです。さらに30kgの子供の場合は、100日以内です。ベルラド放射能安全研究所副所長のウラジーミル・バベンコ 氏の、子供の食べ物はゼロベクレルにしなければならないという発言が決しておおげさなものでないことがわかるデータであると思います。同時に汚染がれきが全国に流通するのは防がなければなりません。特にそれが燃やされた時、沸点が641度と低いセシウムは大気中の微粒子となり、容易に人に吸い込まれ、深刻な内部被ばくを引き起こします。

2.
     The limit of 500 Bq/kg is way too high.  Has anybody in this room read the study conducted by Yuri Bandazhevsky, the founder and the former director of the Gomel Medical Institute?  According to his study, when the cesium is incorporated into the body at 20Bq/kg level, functional abnormality in the heart is likely to take place.  Also, according to a graph in ICRP publication 111 (2009), intake of 10 Bq/day cesium, only one 100th of the Japanese reference level  would likely lead to heart abnormality within 2 years! (Considering that an average adults eats nearly 2kg of foods daily, if they eat upper limit of 500Bq/kg food, daily intake is 500Bq/kg ×2kg=1000Bq/day.  10Bq/day =1/100 of 1000Bq/day) From this graph, we can tell that the statement saying childrens cesium food intake should be zero Bq by Dr. Uladimir Babenka, Deputy-Director of BELRAD Institute is not an exaggeration at all.  At the same time, contaminated debris should not be distributed all over Japan.  Especially if it is burned, cesium, with a very low boiling point of 641 degrees Celsius, will become fine particles in the air which can be easily inhaled by people, causing serious internal exposure.

3
.原発は稼働している場合ではないと思います。福島事故の後でも原発を日本で稼働させ、またさらに海外に輸出しようとしている日本政府の行動はまったく狂気の沙汰です。現在でも日本国中で地震は発生しており、近い将来第二の福島原発事故が起こる可能性はおおいにあります。さらに福島の4号炉は、稼働中でないにも関わらず、爆発しました。したがいまして、使用済み燃料プール周りの構造物は耐震設計を強化する必要があります。どうかこれら三つのことを行い、子供たちの命、将来の命そしてみなさんの命を守ってください。ありがとうございました。


Nuclear power plants are not supposed to be operating.  It is totally insane for  the Japanese government to continue the operation of nuclear power plants in Japan even after the Fukushima accident. It is even still trying to export nuclear plants to overseas.  There have been earthquakes quite frequently now all over Japan and there could be the 2nd Fukushima accident anywhere in Japan in the near future.  On top of that, Fukushima No 4 exploded even though it was not operating.  Hence, structures of and around spent fuel pools should be enhanced against coming earthquakes all over Japan. By doing these three things, please save childrens lives, lives of the future generations and lives of your own.  Thank you very much.





2.肥田舜太郎(広島原爆被爆医師)

 Dr. Shuntaro Hida, Hiroshima A-bomb survivor, Physician



19458月、私は広島陸軍病院に勤務していました。6日朝は6キロ離れた村に深夜往診をして幸い原爆の直爆死を免れました。

In August 1945, I was working as a doctor at Hiroshima Military Hospital. On the morning of the 6th, I happened to be 6km away from the hospital as there had been an emergency house-call on a child patient late at night and luckily, I was not killed by the direct hit of the A-bomb.



それから65年間、私は多くの被爆者を診療してきました。直爆を受けた人々の死は壮絶でした。火傷や外傷とともに、発熱、紫斑、目、鼻、口、陰部を含む体中からの出血の急性原爆病で死んでいったのです。

Ever since, I have been looking after thousands of hibakusyas for 65 years. I saw some of the horrendous deaths of those directly hit by the A-bomb. Besides terrible burns and wounds, they developed highfever, purple spots, and finally died from massive bleeding from their bodies including mouth, nose, eyes, and genitals etc.



しかし、医師である私にさらに強烈なショックをもたらしたのは、あとから入市した人々が似たような症状を呈して死んでいった姿でした。

But what was even more shocking to me was that people who came to Hiroshima afterwards also developed similar symptoms and died.



以来私は、生涯、不明の病気で苦しんだ、放射性物質を体内に取り込んだ内部被曝者を数多く診察しており、彼らこそを核の時代の最大の被害者だと感じてきました。

I have continued to see patients who have suffered unknown diseases throughout their lives due to the internal radiation exposure caused by the intake or inhalation of radioactive materials into their body. I believe they are the most prominent victims of this nuclear age.



ところがマッカーサー将軍が、原爆被害を米軍の軍事機密に指定し、被爆者には「喋るな、書き残すな」と命じ、医師、学者には被害の研究を禁止して、違反者は重罪に処すと宣言したため、占領下の7年間、被爆者は放置されたままにされました。

However, under occupation after the war, General MacArthur made hibakusyas a military secret and issued the official order not to talk and write about them. They also prohibited physicians and scholars to study hibakusyas and proclaimed that those who violated the order should be severely punished. Thus all hibakusyas were totally ignored for 7 following the war.



さらに、1949年に廣島と長崎に設立されたABCC(後の放射線影響協会)が、「内部被曝は放射線が微量で、人体には全く無害」と強力に宣伝したため、「だるさ」を訴える内部被曝者の慢性症状「ブラブラ病」は神経症状とされ、中には仮病とまで言われて、被爆者の苦しみをさらに広げました。

Moreover, the Atomic Bomb Casualties Commission (later known as the Radiation Effects Association) strongly disseminated the phrase,Internal exposure is harmless to the human body because the radiation

level is so low. So, hibakyusa suffering from so called A-bomb burabura disease (extreme and persistent chronicle sluggishness) were told neurosis or fake, which added more suffering to lives of the hibakusya.



私は原発労働者の中にも、ぶらぶら病の症状を呈した患者を診たことがあります。電力会社は今までたびたび放射能の放出を伴った原発事故の直後に「健康には影響がない」と発表してきました。医師でもない電力会社の責任者がなぜそのようなことが言えるのか。真面目に言っているとしたら茶番です。

I have also seen burabura disease patients among nuclear power plant workers. Electric companies have often announced that there was no damage to human health right after a nuclear accident. But how can a

person from an electricity company, who is not even a doctor, assume that there is no health damage immediately after the accident? To my eyes, these announcements are like lines from a self-produced stage

production.



今回の福島原発事故でも、労働者が三人が亡くなっていますが、電力会社は放射能との因果関係を否定しています。どのような根拠で否定できるのでしょうか。

After the Fukushima accident, three nuclear power plant workers have died and Tokyo Electric Company have denied any causality from radiation. How can they prove that there is no relationship with radiation?



実際私の元には、数百人の相談者が既に来ており、鼻血、下痢、発熱、甲状腺の腫れ、紫斑の出ている子どもも出ています。福島や東北地方はもちろん、東京を含む関東、遠くは山梨県や静岡県からの相談もあります。

In fact, hundreds of people consulted me after Fukushima accident, whose children are suffering nose bleeding, diarrhea, fever, swollen thyroid, purple spots not only from Fukushima and North Eastern Japan,

but also from Tokyo metropolitan area and as far as Yamanashi and Shizuoka.



子供さんに放射線被害の初期症状がでた福島や関東平野の母親は、これから、どう生きたらよいのか深刻に悩んでいます。放射線は自分の家族だけの安全を許しません。

What can mothers do when their children develop these symptoms? I am seriously worried myself as I don't know exactly what they can do. Nobody or no family can now be totally safe from radiation in Japan.



人類にとって唯一の生き延びる道は原爆、原発を全廃することだけです。ありがとうございました。

The only way for us all to survive is to abolish both nuclear weapons and nuclear power plants in the world. Thank you very much.
 
 

3.ビキニ水爆実験被爆者 元第五福竜丸乗組員 大石又七

Matashichi Oishi, former crew of the Lucky 5th Dragon, Hibakusya from Bikini nuclear test

 

福島原発大事故は今から五七年前に起きたビキニ事件の原点にさかのぼって考えなければ正しい答えは出てこないと思っています。誰がなぜ、危険な原発を地震大国である日本に導入したか、そこが一番重要なところだと思います。

 

I believe we cannot have a correct understanding of Fukushima nuclear accident unless we look back the Bikini Incident 57 years ago.  The most important point is, who and why a dangerous nuclear power plant was introduced to Japan, a most earthquake prone country.

 

1954年、私は元第五福竜丸という漁船の乗組員で、アメリカが広島に投下した原爆の約一〇〇〇倍という巨大な水爆実験に遭遇した被爆者です。その爆発で起きた『死の灰』を日本に持ち帰ったことから太平洋や大気圏が強力な放射能で汚染されていることが分かり大事件に発展していった、これがビキニ事件です。

 

When I was a crew member of Lucky 5th Dragon fishermen’s boat in 1954, I encountered a US Pacific thermonuclear test, approximately 1000 times as powerful as the Hiroshima A-bomb.  I became a Hibakusya.  By the fallout brought back to Japan, people came to realize that the Pacific Ocean and the atmosphere was strongly contaminated with radiation, which became a big news, later called as Bikini Incident.

 

後に残された資料からいろいろなことが分かってきました。一九四六年から一九五八年にかけてアメリカ軍だけでも、このビキニとエニウエトク環礁を使って六七回の大気圏核実験を行ない、合わせて一〇〇メガトンの核爆発を繰り返しました。この一〇〇メガトンの爆発は、なんと広島型原爆を毎日一個ずつ一八年間落とし続けた量というから驚きです。

 

  Various facts came to be revealed through archive materials.  From 1946 to 1958, the US military alone conducted 67 atmospheric nuclear testing at Bikini and Eniwetok Atolls, which was 100 megaton nuclear explosion in total.  Also, this 100 megaton explosion is equivalent to Hiroshima A-bomb dropped each single day for the duration of 18 years.  Isn’t this amazing?

 

水爆は巨大な爆発威力だけではありません。爆発と同時に恐ろしい放射能を撒き散らします。それらの放射能は半減期が何十年、何万年というもので人間の体内に入り込み、染色体を傷つけながら体の内側から攻撃するという内部被曝を起こしていました。染色体を傷つければ死産や奇形児の原因を作りだし、子孫へと繋がっていきます。

 

Thermonuclear bomb did not only give out enormous explosive power, but also scattered  deadly radioactive materials in the environment. The half lives of radioactive materials can range as long as dozens of years to even tens of thousands of years.  These materials can be absorbed into various parts of human bodies, harming the chromosomes and body tissues internally-this is called internal exposure.  This kind of damage can cause still birth, congenital defects, which could be transferred from generation to generation.

 

半減期の長い放射能が食物連鎖や風などに乗って地球上を漂い、誰のどこに取り付くかは現在の科学や医学では計り知ることは出来ません。これが見えない放射能の恐ろしいところです。貴方もすでに被爆者になっているかもしれません。

 

Even the modern science and medicine cannot detect where such long-lived radioactive material can travel in the winds and food chain, or who and which part of the body such materials can finally come down to.  This is the horror of radiation.  Maybe some of you might have become hibakusya already.

 

私は言いたいです、当時、核、放射能の恐ろしさをあれほど教え警告したのに日米政府は事件を握りつぶし隠しました。その結果どうなりましたか。核兵器も広島型原爆よりずっと威力を持つようになり、二万三〇〇〇発の核弾頭が実弾となって出来上がり、人類を脅かしています。

 

I want to say this.  In spite of citizens’ voices of concern against nukes and radiation in those days, the governments of the US and Japan smothered the incident and hid the facts.  What happened then?  Nuclear weapons become much more powerful than Hiroshima A-bomb and more than 20000 nuclear warheads are now threatening the entire humanity.

 

この重要な意味を持つビキニ事件を賠償もせず、わずかな見舞金、責任も核実験も容認してその見返りに水面下で原発を要求したのです。この人たちにこそ重大な責任があるのではないでしょうか。

 

The US government did not take any responsibility or compensate for the victims of this very important Bikini incident and instead, paid small amount of consolation money only.  Meanwhile, the Japanese government acknowledged the continuation of the nuclear testing and in return, demanded for nuclear power behind the scenes.  Don’t you think these people who made efforts to introduce nuclear power to Japan highly responsible?  I believe they are the responsible.

 

ビキニ事件は過去の終わった事件ではありません。あのときから始まった事件です。それなのに誰の口からもビキニ事件という言葉が出てきません。

 

Bikini Incident is not a past.  Contrary to it, that incident was the very start of the entire story. However, nobody talks about Bikini Incident any more.

 

当時アメリカは自由諸国にウランを提供し、軍事ブロックを築こうとしてCIAの職員を読売という大きなメディアを目標に打診してきました。これを知った読売新聞社主の正力松太郎氏は、日本中が核実験反対で燃え盛っている矛先を変え、原子力の平和利用といって自分の持つメディアをフルに使って、原発導入の宣伝を大々的に行ないます。

 

In those days, the US tried to build a military block by providing uranium to western world and approached Japan through CIA targeting at a major media company Yomiuri Shimbun.  The then Yomiuri president, Mr. Matsutaro Shoriki conducted an all-out promotion of peaceful use of nuclear power using his own media company to shift the raging anti-nuke sentiment.

 

 政界では中曽根康弘代議士が青年将校などと言われながら危険を伴う原発をアメリカの意向に沿って先頭に立ち、ビキニ事件の三日後に二億三千五〇〇万円の原子力予算を国会で通過させます。  原発を日本に導入した経緯を知れば今起こっている大事故の責任、賠償の方向性も見えてくるはずです。ご静聴ありがとうございました。

 

In the political arena, so-called young-military-officer politician Yasuhiro Nakasone, who became a Prime Minister of Japan later days, took a lead to pass the nuclear power budget of 235 million yen at the Diet, only three days after the Bilini Incident, in line with the US government intention.  If we realize the background of this history, we could see where the responsibility of the current nuclear catastrophe lies and how the compensation should be made in the future.  Thank you very much.

 

 4.梅田隆亮、元原発労働者

 Ryuusuke Umeda, former nuclear power plant worker


 

 私は1979年に島根原発と敦賀原発で働きました。炉心のすぐ近くで働き、被曝しました。

 I worked for Shimane and Turuga nuclear power plants.  I worked very close to the reactor core and got exposed to radiation.

 

 きちんとした安全教育はなく、「被曝」という意識すらありませんでした。

 In my case, there was no safety education, and workers were not even aware of the concept of “exposure to radiation” .

 

 線量計は配布されましたが、ビービー音が鳴って仕事にならず、放射線の低い所にいる人にあずけて作業しました。現場監督は見て見ぬふりでした。島根原発では普通の作業着で、マスクもつけずに作業しました。

 Though we received dosimeters, since the alarm went off so frequently and distracted our works, we left them to the workers in the lower radiation level areas, and our supervisor deliberately overlooked this.  In Shimane, workers just wore regular work clothes and did not wear masks.

 

 放射能の怖さは、時間がたってから現われます。私は鼻血と全身倦怠に悩まされました。「ぶらぶら病」と呼ばれ、働くのが困難になります。診断が難しいため、周囲の人から理解されず「怠け者」扱いされます。

 The scariest thing about radiation is that its impact on human health takes a long time to appear, so at first it seems safe. In my case, I suffered from nose bleeding and general malaise (so called Burabura disease).  Burabura Disease makes it very hard for people to work, but as it is difficult to diagnose, many people do not understand and regard such Burabura patients merely as lazy people.

 

 私は2000年に心筋梗塞を発症し、働けなくなりました。私のように労災申請する作業員は少なく、病気になっても泣き寝入りがほとんどです。

 In 2000, I also got myocardial infarction and was unable to work.  There are very few who apply for workers’ compensation and they are forced to bear the condition.

 

 かつては原発に対して「賛成」でも「反対」でもありませんでした。原発で働いて給料をもらったというためらいがあり、言いづらかったのです。

 In the past, I was neither “for” or “against” nuclear power.  I was hesitant to speak out seeing I received payment through working at nuclear plants.

 

 しかし、これ以上被曝者を出さないために、「原発反対」という考えに変わりました。福島原発事故が起き、多くの作業員が被曝しています。その多くは下請け労働者です。心筋梗塞で亡くなった方もおられると伺っています。原発はすべて廃炉にすべきだと思います。

 However, in order to prevent radiation exposure to more people, I became anti-nuclear.  Then the Fukushima accident took place and many workers, especially sub contractors have been exposed.  I heard there was one worker who died of myocardial infarction.  I believe all the nuclear power plants should be shut down.

 

 3つのことを提案します。

 Now, I want to raise three proposals.

 

 1  原発作業員の健康相談窓口をつくってほしい。これまで原発で働いて被曝した人は40万人以上と言われています。しかし、労災を申請した人はほんのわずかです。ですから、作業員の「いのちの電話」のような制度があったら良いと思います。

 1  A health consultation service should be established. There have been more than 400,000 nuclear power plant workers in total in Japan.   However, only very few people have applied for workers’ compensation.  It would be great if there was a so-called "life-line" or help-line for nuclear workers.

 

 2  安全教育や放射線管理が適切になされているか、できるかぎり第三者に見えるようにする。私の場合もそうですが、きちんとした安全教育をしていないのに、元請会社は適切におこなったと主張し、水掛け論になるのを防がねばなりません。

 

 2  Working conditions such as safety education and radiation control should be made as visible as possible to the third party.  Without adequate safety training, endless disputes will occur between workers and sub-contractors about whether safety education have been properly conducted or not - as was the case in my experience.  We need to avoid such situations.

 

 3  原発労災の対象疾患に、心筋梗塞を入れてほしい。原爆症では心筋梗塞が認定対象となっていますが、原発労災では対象になっていません。原爆も原発も本質的には同じなので、病気についても同じように認めるべきだと思います。また、内部被曝の影響を正しく評価することが大事だと思います。

 3  Myocardial infarction should be included in the symptoms subject to the nuclear workers’ compensation.  Myocardial infarction is included in the registered diseases of A-bomb victims, but not those of nuclear workers.  The radiation health problems caused by the A-bomb and nuclear power plant are basically the same.  It is also very important to evaluate the effects of internal exposure correctly.

 

 最後に、私の労災申請について申し上げます。112日に再審査請求「棄却」の裁決書が送られてきました。私は敦賀原発の現地調査を再三求めていたのですが、敦賀原発の現地調査を何もおこなわないまま、裁決が出されました。このことに強く抗議します。

 Lastly, let me report to you regarding my own application for workers’ compensation.  On November 2, I received a rejection letter to my re-examination request from the Ministry of Health, Labor and Welfare.  I

had repeatedly requested a site examination at Tsuruga nuclear reactor, but the decision was made without an inspection.  I strongly protest this.

 

 32年前に私が働いた敦賀原発1号機は、今回事故を起こした福島原発と同じタイプの原子炉です。当時から問題のある原子炉で、ボロボロの配管があちこちにありました。津波がなくても地震があれば、福島のような事故が起きてもおかしくありません。「なぜ敦賀原発の現地調査をしなかったのか」、きちんと説明してほしいです。ご静聴ありがとうございました。

 

 Tsuruga nuclear reactor 1, where I used to work is the same type of reactor as those at Fukushima.  It had many problems such as shabby pipes.  Even without a tsunami, if there is any major earthquake, an accident like Fukushima could occur at any moment.  Why didn’t they examine Tsuruga No. 1 reactor?  I would like to have a proper explanation from the government. Thank you very much.
          


 

5.福島の母親のスピーチ

Speech by a Mother in Fukushima



子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク世話人  佐藤幸子

Sachiko Sato, Representative, Fukushima Network for Saving Children from Radiation


私は、30年間自然に添った農業をしながら、子ども5人を育ててきました。チェルノブイリ事故後、石油や、食糧が輸入されなくなっても原発が止まっても、生きられるようにと、昔からの知恵や技を自分が受け継ぎ次の世代へと繋ぐ生き方をしてきました。その生活を、学びたいという人々が全国から集まり小さな共同体が出来ていました。

For the past 30 years, I have been practicing natural style of farming while rearing my 5 children.  After Chernobyl accident, I changed my life style using old day practices and wisdom handed down from generation to generation so that we could survive without oil, nuclear power, and imported foods. People who wanted to learn such kind of living gathered around me from all over Japan, so we were living in a sort of small community.

今回の原発事故が、それらの全てを奪いました。大切にしてきた農地は、空から降り注いだ放射能のせいで、これまで無農薬で作ってきた安全な野菜を、今年は作ることが出来なくなりました。農民としてこれ程悲しいことはありません。

Then, the Fukushima accident took away everything from us.  This year, we cannot grow safe organic vegetables from our agricultural land which was taken great care of without any chemical. As a farmer, there is nothing that can make me more sad.

311日を境に、全ての福島県民の生活は一変してしまいました。地震、津波、原発事故三重苦のなか、それでも生きていかなければならない苦しさ。

After March 11, lives of all the people in Fukushima was changed.  We had to manage to survive in the midst of the triple disasters-earthquake, Tsunami, and nuclear accident.

とりわけ、原発による被害は目に見えないだけに、それを受け入れることができない苦しさがあります。去年と何も変わっていない美しい風景の中に確実に存在する放射能は、そこに住むことができないと判断した人と、そこに住み続けようと判断した人の間に、大きな溝を作ってしまいました。

Particularly, we suffered from nuclear disaster. Since the radiation is invisible, it is very difficult for us to accept the fact.  The radiation that exists for sure in the beautiful scenery that has not changed a bit from last year put a tremendous gap between people who decided not to continue living that area and people who decided to continue living that area.

本来なら、同じ被害者であるはずの家族が、地域の人々が、思いを共有できないという悲しい現象、心がバラバラになることによって引き起こされた精神的被害、これが「直ちに出た健康被害」です。

The families and neighbors who are supposed to share their sufferings cannot share their feelings. Fukushima peoples mental damage caused by this disintegration of peoples minds can be called as immediate health effects. (After the accident, the government of Japan repeatedly said, There will be no immediate health damage.)

そして、今後ジワジワと出てくる低線量被曝による被害は、確率が低いからと何の手だてもしない。それどころか、これまで、100ミリシーベルト以下のデータが十分にないと言い、そのデータを集めるため福島県民200万人をモルモットにしようとしているのです。

The government does not take any action for the upcoming health damage caused by low level radiation saying that the probability of health damage is low enough.  On the contrary, the government is trying to use 2 million Fukushima people as guinea pigs to collect data, saying that there is not enough data for radiation exposure below 100 milisieverts.

見えないはずの放射能で汚染された福島が、私には戦場に見えます。それはまさに、愚かにも人間が自然を征服出来るかのごとく振る舞ってきた人類と、自然を大切にしたいと考えている人類との戦いの場です。自然豊かな福島「うつくしま福島」だからこそ、見た目には何も変わらない、「美しい戦場」となりました。

To my eyes, the scenery of radiation contaminated Fukushima is just like a battle field, even though I cannot see the radiation itself.  It is a battlefield between people who foolishly behaved as if they could conquer the nature and people who have cherished the nature.  Since Fukushima is beautiful in nature, it does not look different at all. In sight, it is a beautiful battle field.

放射能と、国家権力で子どもの未来を奪ってしまう戦場です。戦場に子どもは居てはいけないのです。戦場の炎の中にいる子どもたちを置き去りにしてはいけないのです。

But it is a battlefield to take away the future of children by the state power. There should not be any children in the battlefield.  We should not leave any child in a battlefield with fire.

これまでの、経済優先の考えでは、子どもたちを救えないのです。子どもたちを救うあらゆる手だてを今すぐ行わなければならないと思います。

We cannot save our children with the economy first ideology.  We immediately need to take every measure to rescue children now.

原発事故の恐ろしさは日本中、世界中が感じたはずです。それでも尚、原発を止めないばかりか、原発を輸出すると言うこの国は、一体何を考えているのでしょうか。

People in Japan and in the world should have felt the horror of nuclear accident.  What kind of nerve does this country have not only continuing nuclear power generation domestically but also trying to export more nuclear power to overseas?

今後、何世代先にも及ぶ影響が出ると言うことをどう考えているのでしょうか。8ヶ月も炎の中に放って置いた政府に期待はできません。

I wonder what the government is thinking in regard to the health effects that can continue for generations to come.  In any case, we cannot expect much from the government who left children in the fires of battlefields as long as 8 months.

子どもの命を守るのは、政府でないことがはっきりしました。このままでは、「未来の子どもたちの命より、目先の経済のほうが大切だと21世紀の大人たちは判断しました」と、将来にわたり人類が滅びるまで、伝え続けて行かなければならないことになるのです。

Now we know that it is not our government who can protect our children. With this trend continuing, we the adults in the 21st century will have to be told that we made the judgment with our priority on the short-sighted economy rather than childrens lives in the future. We will be told like this until human race would eventually be extinguished.

子どもの命を守れるのは、国民です。何が正しくてどうすることが命を守ることになるのか、心の目を見開き一人一人が自分で判断して行動する必要があります。

It is people who can save childrens lives.  Each single person needs to open his or her eyes of mind and make a judgment to see what is correct and what should be done to save lives.

「子どもの命を守る」たったこの一つの願いを叶えるために、福島の親たちは立ち上がりました。全国の人々が福島の子どもたちを守るためにつながりました。あらゆる人々がつながり活動を進めなければならないですし、生き方をも変えなければならないほどの重要な決断をしなければならない時がきたのです。

Mothers and fathers in Fukushima stood up to make a single wish come true. That is to save lives of children. People from all over the nation got connected to protect lives of children in Fukushima.  Now the time has come for everybody to get connected and make actions and to alter their life styles, the moment for all of us to make a very important decision.

もし、これで原発が止まらなかったら、人類は滅亡への道を進むことになるでしょう。 福島から発信された原発事故の恐ろしさが、世界中の人々に伝わり、全ての原発を止めることができるまで、活動を続けなければなりません。福島の子どもたちのような悲しみを、もう二度と起こしてはいけません。ご静聴ありがとうございました。

If the nuclear power does not stop even after this Fukushima accident, humankind would surely tread the path to destruction.  The horror of nuclear accident coming from Fukushima should be disseminated to the people all over the world. We need to continue our actions until all the nuclear power plants in the world are stopped. We should never cause any more sorrow Fukushima children had to any other children on our planet. Thank you very much.